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日本のミニカーのはじまり

こんにちは、もっちーのブログにようこそ。
子供のころの思い出はいつまでも鮮明に覚えていますが、近頃は最近の事の方が忘れっぽくなっております。
歳のせいでしょうか。


それでは、今日はダイヤペットのメルセデスベンツ230Sのご紹介です。

1950年代、そのころの日本では子供の玩具はブリキの自動車がありましたが、ヨーロッパは1950年代に入ると、イギリス、フランス、デンマーク、ドイツといった国々でダイキャスト製のミニカーが流行しておりました。日本でも1959年10月にアサヒ玩具がモデルペットNo1.トヨペットクラウンを発売し、以来、本格的ミニチュアカーが作られていきます。
その中に、大盛屋というメーカーが1961年4月にフリクション・モーター付きミニカー、ミクロペットシリーズを発売。その後、同社はフリクション・モーターを付けない精密な大人のコレクション・トーイにもなるミクロペット・チェリカフェニックスシリーズと発展して、当時の国産車や有名な外国車を作り日本のミニカーのコレクションが本格化していきました。
モデルペットは金型には費用はかかるが一体成型で大量生産できる亜鉛合金のダイキャストに対して、大盛屋はアンチモニーという素材で大量生産が出来ない、大盛屋独自の製法でミニカーを製品化していくのでありました。子供の玩具としては、オーバークォリティーでした。両社とも当時の玩具とは比較にならないはほどの費用がかかっています。
素材はアンチモニーという柔らかいの金属でつくり、金型は細かいディティールは作り易いが、しかも金型が6個に分かれているため、ボディー本体が出来ると職人さんの手でヤスリでバリを取っていくといった作業になります。そのボディーに下地メッキをかけます。そこからメッキを残すところ、つまりグリル・バンパー・窓枠・ドアノブなどにマスクし塗装するのです。この製法は「アンダープレーティング」という製法特許を取得しています。
しかし、とても手間がかかる仕事です。当時としては精密で美しさもありますが、大量に製品化は無理です。
一日にどれだけ出来るかといいますと100個位だったと聞いております。
それでも、大盛屋の製品は50種の当時の名車を残しています。
色々とライバルのモデルペットに比べて生産コストの面や商品のコピー疑惑(冤罪ですが)などあり、1965年に大盛屋酒井通玩具株式会社は幕を閉じることになります。


その金型を引き継いで、改良し発売したのが、米沢玩具のダイヤペットとして生まれました。初期のダイヤペットの一部ですが、ほとんど大盛屋時代と変わらず、(箱やタイヤが違いますが)コレクターは買いそびれた(あえて買わなかった)方も多いのでかえって存在せずに貴重なものがあります。
本日、紹介させていただきました、ダイヤペットNo.167メルセデス・ベンツ230Sも、大盛屋チェリカフェニックスシリーズ PHE18メルセデス・ベンツ220SEの金型を改修しボンネットとトランクオープンという、アクションを追加して発売したものです。


実物はハネべンといわれていますね。


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